はじめに
保険会社と示談交渉を行うにあたり、保険会社から言われる説明として、「自賠責基準を上回っているから問題ありません」、「保証として欠けるところはありません」という趣旨の説明を受けることがあります。
この保険会社の説明は妥当といえるのか、傷害慰謝料の算定基準について解説します。
傷害慰謝料算定の基準・3つのルール
傷害慰謝料の算定基準には、以下の3つのルールがあると言われています。
- 自賠責基準
- 任意保険基準(保険会社基準)
- 裁判基準(弁護士基準)
1つ目の自賠責基準は、強制加入保険の自賠責で定められています。
2つ目の任意保険基準は、加害者が加入している保険会社が自社で設定している算定基準によるものです。
3つ目の裁判基準は、「民事交通事故訴訟損害賠償額 算定基準」(いわゆる「赤本基準」)に基づくものです。
この3つの基準で算定していく場合の傷害慰謝料は、自賠責基準よりも任意保険基準の方が高額になり、任意保険基準よりも裁判基準の方が高額に算定されるという傾向で整理されています。
過失割合や後遺傷害等級の該当性が争いになる場合には、自賠責基準によった方が高額となるケースもありますが、原則として
自賠責基準 < 任意保険基準 < 裁判基準
に従って傷害慰謝料は高額になる傾向にあります。
自賠責における傷害慰謝料の算定方法
この3つの算定ルールがあるということを押さえていただいた上で、次に押えていただくポイントは、自賠責基準における傷害慰謝料の算定方法になります。
自賠責基準における傷害慰謝料の算定にあたって押えておくべきポイントは2つ挙げられます。
一つは、慰謝料は日額4300円(令和2年3月31日以前に起きた交通事故の場合には日額4200円)で計算するという点です。
もう一つは、治療期間と通院実日数の2倍のうち、いずれか短い方で計算をしていくという点になります。
具体例における慰謝料の算定(自賠責)
具体例を通じて自賠責の算定方法をみると、上記のようになります。
通院期間6ヶ月(180日間)、通院実日数60日という場合において、治療期間180日と通院実日数の2倍にあたる120日を比較し、短い方の120日を基準に算定することになります。
この場合、自賠責保険における傷害慰謝料は120日×4300円=51万6000円となります。
具体例における慰謝料の算定(裁判基準)
通院期間6ヶ月(180日) 通院実日数60日の場合
赤本基準Ⅱ:89万円
赤本基準Ⅰ:116万円
一方、裁判基準で傷害慰謝料を算定する場合には、上記のようになります。
自賠責基準、裁判基準(赤本別表Ⅰ、別表Ⅱ)を整理すると、以下のようになります。
算定基準 | 慰謝料 | 自賠責基準との差額 |
---|---|---|
自賠責基準 | 51万6000円 | ― |
赤本Ⅱ基準 | 89万円 | 37万4000円 |
赤本Ⅰ基準 | 116万円 | 64万4000円 |
赤本別表Ⅰと赤本別表Ⅱ
なお、赤本では、傷害慰謝料の算定に関して別表Ⅰと別表Ⅱという2つの基準が掲載されています。
赤本別表Ⅰは「傷害慰謝料については、原則として入通院期間を基礎として別表Iを使用する。」、赤本別表Ⅱは「むち打ち症で他覚所見がない場合等は入通院期間を基礎として別表IIを使用する。」と区別されています。
実務上は、むち打ち症のように「頚椎捻挫、腰椎捻挫」という診断に留まる場合には、赤本別表Ⅱを基準とすると指摘される傾向にありますが、赤本別表ⅠとⅡの区別の基準によれば、傷害慰謝料の算定は原則として赤本別表Ⅰを基準とすることが妥当するといえます。
原則は通院実日数ではなく通院期間で算定
次に、裁判基準における傷害慰謝料の算定方法は、赤本別表Ⅰでは「通院が長期にわたる場合は、症状、治療内容、通院頻度をふまえ実通院日数の3.5倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある。」、赤本別表Ⅱでは「通院が長期にわたる場合は、症状、治療内容、通院頻度をふまえ実通院日数の3倍程度を慰謝料算定のための通院期間の目安とすることもある。」と整理されています。
上記算定方法では、赤本別表Ⅰ、別表Ⅱいずれにおいても、通院期間だけでなく、通院実日数も参考にする旨が指摘されています。
もっとも、裁判基準における傷害慰謝料の算定にあたっては、原則として通院実日数ではなく通院期間に基づくことが示唆されていることにはご注意ください。
通院実日数が少ない場合であっても、安易に通院実日数の3倍又は3.5倍を基準に傷害慰謝料を算定するのではなく、まずは原則として通院期間を基準に傷害慰謝料を算定することになります。
傷害慰謝料 3つのポイント
傷害慰謝料の算定において押えておくべきポイントは以下の3つです。
傷害慰謝料の算定基準は3つ
傷害慰謝料の算定方法には、自賠責基準、保険会社基準、そして裁判基準の3つの基準が存在します。
自賠責基準よりも保険会社基準が高く、保険会社基準よりも裁判基準が高い傾向があります。
赤本別表Ⅰと赤本別表Ⅱの判断基準
裁判基準を適用する場合でも、赤本別表Ⅰの基準が適用されるのか、または別表Ⅱの基準が適用されるのかによって、慰謝料の金額は数十万円変わることがあります。
赤本別表ⅠとⅡのいずれの基準が適用されるのかは、判断基準に従って慎重に検討しましょう。
原則は通院実日数ではなく通院期間で算定する
裁判基準を適用する場合でも、通院実日数を基準にするのか、または通院期間を基準にして算定していくのかという点も確認しましょう。
裁判基準における傷害慰謝料の算定にあたっては、原則として通院期間を基準にすることが指摘されていることにご留意ください。
結論
以上が傷害慰謝料の算定における留意点に関する解説です。
交通事故における示談交渉では、様々な項目で損害額を争うことになりますが、特に傷害慰謝料の算定は賠償額に大きく影響する項目の一つといえます。
傷害慰謝料は、算定ルールを正しく理解しているかどうかによって、賠償される金額が数十万円も変わってしまうことがあります。
適切な損害賠償を得ることができるように、傷害慰謝料の算定方法は整理しておきましょう。
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