法制審議会が8月26日、民法の債権規定の改正に向けた原案を大筋で了承しました。これにより、交通事故被害者に対する補償額が大幅に増額される見込みが出てきました。
どういうことか説明しますと、現在、民法は120年ぶりの大改正作業が進行中で、政府は法案の2015年の国会提出を目標としています。この改正で、法定利率を現在の5%から3%に引き下げ、3年毎に見直す1%刻みの変動制となる予定です。これにより、事故被害者の逸失利益から控除される運用益が減額されることになり、現在の受取額が増加します。
ここで、「法定利率」とは、金銭貸借等の契約をかわした当事者同士が、利率を特に定めなかった時に自動的に適用される利率のことです。現在は、民法404条により、年5%と定められています。
ここで違和感を感じる方がいらっしゃると思いますが、2014年の銀行の普通預金の平均利率は0.02%です。これに比べると年5%という利率はかなり高いと言えるでしょう。このような低金利状態が長期にわたって継続している現在の社会状況では、年5%の法定利率は経済の実態に合っていません。法定利率を引き下げるべきという提案が以前からなされていましたが、今回の民法改正により実現する見通しとなりました。
では、なぜ法定利率が引き下げられると交通事故の補償額が増額されることになるのでしょうか。一見、利率が減るならば事故被害者は損すると思われるかもしれません。詳しく説明しましょう。
交通事故では、被害者が死亡してしまったり後遺症などが残ってしまった場合、事故がなければその方が将来労働などにより得られたはずの利益が得られなくなってしまいます。これを「逸失利益」といい、これも損害として請求することができます。
しかし、逸失利益とは、将来得られたはずの利益です。そして、これを現時点で支払うならば、その間に生じる利息分を減らした額でなければなりません。詳しく言うと、現在存在する財産は、資産運用することにより将来ではより増額させることができるはずです。したがって、将来得られるはずだった利益を現在の時点において支払うならば、この運用して増額できるはずの部分を控除した額でなければなりません。これを「中間利息控除」といいます。
実務では、これを法定利率年5%の複利で計算します。つまり、年5%もの高利で運用することができ、さらに得られた運用益も含めてまた投資に回すものと仮定して計算してしまいます。この方式によると、交通事故被害者の就労可能年数が残り20年であった場合は現時点での支払額は約63%に、40年であった場合は約43%にまで減額されてしまいます。
年5%という高金利で計算するため、控除額がかなり大きくなってしまうのです。
このの計算については、法定利率で運用益を見込むのは非現実的で不合理であるという批判が強く、これを2~3%として計算するべきとする裁判例が相次いでいた時期がありました(福島地判平成13年12月27日、札幌地判平成16年10月27日)。しかし、平成17年6月14日の最高裁判例が、「法的安定及び統一的処理」を根拠に、民事法定利率である5%を採用するべきと明言しました。これにより、法定利率5%として計算することが完全に定着してしまいました。
今回の民法改正は、法定利率を3%を基本とし3年毎に見直すことになります。仮に3%として計算を行うと、就労可能年数が残り20年の方は中間利息控除を経た支払額が63%から74%に、残り40年の方は43%から58%に増額します。
例えば、27歳男性(月収41万5千円、扶養家族2人)の方が交通事故に遭い後遺障害を生じ働けなくなってしまった場合、現在の法定利率5%の下では約5500万円の支払い額となりますが、3%となった場合は約7400万円に増額します。
交通事故被害者にとって実体に即した補償額が得られることとなりそうです。
なお、近年の最高裁判例に、中間利息控除を複利計算(ライプニッツ方式)ではなく単利計算(ホフマン方式)によることも不合理ではないとするものも出てきました(最判平成22年1月26日)。単利計算によると中間利息控除額はさらに少なくなり、支払額は増額します。
交通事故被害者に対する保護を手厚くしようとする流れがあると言えるでしょう。