はじめに
交通事故は、ある日突然、予期せぬタイミングで発生します。「自分は大丈夫」と思っていても、不注意な他人の運転に巻き込まれる可能性は誰にでもあります。いざ事故に遭ったとき、頭が真っ白になり、パニック状態に陥ってしまうのは無理もありません。
しかし、事故発生直後の初期対応(初動)は、その後の被害回復や損害賠償請求において、極めて重要な意味を持ちます。この段階で適切な行動が取れなかった場合、「本来もらえるはずの治療費が支払われない」「過失割合で不利な主張を覆せない」といった取り返しのつかない不利益を被るリスクがあるのです。
この記事では、交通事故の被害に遭われた方が、事故現場から病院を受診するまでに取るべき行動を、時系列に沿った「完全手順」として解説します。法律の専門家である弁護士の視点から、なぜその行動が必要なのか、法的リスクを回避するためにはどうすればよいのかを具体的に説明します。
万が一の事態に備えて予備知識として読んでいただくことはもちろん、今まさに事故に遭い、どうすればよいか困惑されている方にとっても、冷静な判断の一助となることを目指しています。
事故直後の対応に関するQ&A
まずは、事故直後の混乱した状況の中で、特に判断に迷いやすいポイントをQ&A形式で解説します。
Q1:怪我も軽く、相手も急いでいるので、警察を呼ばずにその場で示談してもいいですか?
その場で示談すべきではありません。警察へ連絡してください。
どんなに軽微な事故であっても、また相手が誠実そうに見えても、その場で示談の約束をしたり、金銭を受け取ったりすることは厳禁です。
警察へ届け出をしないと、交通事故の事実を公的に証明する「交通事故証明書」が発行されません。これがないと、保険会社への保険金請求ができなくなる恐れがあります。また、後になって身体に痛みが出た場合、「事故とは無関係だ」と主張され、治療費が支払われないトラブルに発展する可能性が高いため、警察(110番)に通報してください。
Q2:体に目立った外傷や痛みがない場合でも、病院に行く必要はありますか?
はい、事故当日に、遅くとも翌日には病院を受診してください。
交通事故直後は、脳が興奮状態(アドレナリンが分泌されている状態)にあるため、痛みを感じにくくなっていることがよくあります。数日経ってからむちうち症状(首の痛みや吐き気など)が出るケースもあります。
受診が遅れると(例えば事故から1週間以上経過してから受診すると)、保険会社から「その痛みは事故によるものか分からない(因果関係がない)」と判断され、治療費の支払いを拒否されるリスクがあります。自覚症状がなくても、整形外科を受診し、レントゲンやMRI等の検査を受けておくことが重要です。
Q3:加害者が「警察には言わないでほしい」と頼んできました。どうすればいいですか?
毅然と断り、被害者自身が警察に通報してください。
加害者が免許停止や点数の加算を恐れて、警察への通報を妨げようとすることがあります。しかし、これに応じるメリットは被害者には一つもありません。むしろ、道路交通法上の報告義務違反(法第72条)に問われる可能性すらあります。
相手が通報しない場合、または通報を渋る場合は、躊躇せずご自身で110番通報を行ってください。「相手が怖くて通報できない」という場合は、安全な場所に移動してから通報しても構いません。
解説:交通事故発生から病院受診までの完全手順
ここからは、事故発生直後にとるべき行動をステップごとに詳しく解説します。
Step 1:安全確保と負傷者の救護(最優先事項)
事故直後に最初に行うべきことは、「これ以上被害を拡大させないこと」と「人の命を守ること」です。
1. 車両の移動と安全確保
- 後続車による二次災害(追突など)を防ぐため、可能な限り車を路肩や安全な場所に移動させてください。
- ハザードランプを点灯させ、発煙筒や三角表示板を設置して、周囲に事故の発生を知らせます。
2. 負傷者の確認と救護
- 自分自身や同乗者、相手方に怪我人がいないか確認します。
- 意識がない、出血がひどい等の場合は、直ちに救急車(119番)を要請してください。
- 道路交通法第72条により、運転者には負傷者の救護義務が課されています。自分が被害者であっても、相手が負傷している場合は可能な範囲で救護を行う必要があります(※ただし、自身の怪我が重い場合は無理をしてはいけません)。
Step 2:警察への110番通報
安全が確保できたら、速やかに警察(110番)へ通報します。これは法律上の義務です。
伝えるべき内容
- 事故の発生場所(住所がわからなければ、近くの目標物や信号機の名称、自動販売機の住所表示などを伝えます)
- 事故の状況(車同士の追突、歩行者との接触など)
- 負傷者の有無と程度
警察官の到着を待つ
- 警察官が到着すると、「実況見分(じっきょうけんぶん)」が行われます。これは事故状況(双方のスピード、衝突位置、ブレーキ痕など)を記録する重要な捜査です。
- ポイント: 自身の記憶と違うこと(例えば「自分はもっとスピードを出していた」などと誘導される場合)には、安易に同意せず、「違います」とはっきり伝えてください。ここでの記録は、後の過失割合の決定に大きく影響します。
Step 3:加害者の情報確認と証拠保全
警察の到着を待つ間、あるいは警察対応と並行して、加害者の情報を確認し、自らも証拠を集めます。
1. 加害者の情報を記録する
以下の情報を必ず確認し、可能であればスマホで写真を撮らせてもらいます。
- 運転免許証: 氏名、住所、免許証番号
- 車検証: 所有者、使用者、ナンバープレート番号
- 自賠責保険証: 保険会社名、証明書番号
- 連絡先: 携帯電話番号、勤務先(業務中の事故の場合)
- 任意保険会社: 加入している保険会社名
相手が名刺を渡してくる場合もありますが、名刺の情報だけでは不十分な場合があるため、公的な身分証(免許証)を確認してください。
2. 事故現場の証拠を記録する(写真・動画)
記憶は時間とともに薄れ、変容します。客観的な証拠を残すことが、自分の身を守ります。スマホのカメラ機能を活用しましょう。
- 車両の損害状況: 自分の車と相手の車の、壊れている箇所だけでなく、全体の状況(ナンバープレートが読めるように引いた写真と、傷のアップ)。
- 事故現場の状況: 道路の形状、スリップ痕(タイヤの跡)、散乱した破片、信号機や一時停止標識の位置関係など。
- ドライブレコーダー: 搭載している場合は、データが上書きされないようにSDカードを抜くか、保存ボタンを押してデータを確保します。相手方のドライブレコーダーの有無も確認しておきましょう。
3. 目撃者の確保
もし事故を目撃した第三者がいれば、警察が来るまで待ってもらうよう依頼するか、それが難しければ連絡先(氏名・電話番号)を聞いておきましょう。当事者の意見が食い違った際、第三者の証言は決定的な証拠となります。
Step 4:自身の保険会社への連絡
現場対応が一段落したら、自分が加入している自動車保険(任意保険)の会社(事故受付センター)に連絡を入れます。
なぜ自分にも過失がない場合でも連絡するのか?
- 弁護士費用特約の確認: 被害者に過失がない(0対10の)事故では、保険会社は示談代行ができませんが、「弁護士費用特約」を使えば、弁護士への依頼費用を保険でカバーできます。
- 搭乗者傷害保険などの利用: 自身の怪我に対して支払われる保険特約が付いている場合があります。
- 報告義務: 保険約款上、事故発生時の通知義務が定められていることが一般的です。
Step 5:病院(整形外科)への受診
ここが最も重要なステップの一つです。たとえ痛みが軽くても、病院へ行くことをご検討ください。
診療科の選択
基本的には「整形外科」を受診してください。整骨院や接骨院は「病院(医療機関)」ではなく、医師がいません。診断書を作成できるのは医師だけです。まずは整形外科で確定診断を受け、その後の治療方針として整骨院を併用するかどうかを医師と相談するのが正しい順序です。
医師への伝え方
- 「どこが痛いか」だけでなく、「事故の状況(後ろから強い衝撃を受けた等)」を正確に伝えます。
- 少しでも違和感がある部位はすべて伝えてください。「首がメインだが、手首も少し痛い」といった場合、手首を伝え忘れると、後から手首の治療費が認められない可能性があります。
診断書の取得
「交通事故用」の診断書を作成してもらいます。これには傷病名(頚椎捻挫など)や全治見込み期間が記載されます。
Step 6:診断書の警察署への提出(人身事故への切り替え)
病院で診断書を取得したら、事故現場を管轄する警察署へ提出し、「人身事故」として処理してもらう手続きを行います。
物損事故扱いのリスク
- 当初は「怪我なし」として「物損事故」で処理されていることが多いです。そのままにしておくと、実況見分調書(詳しい事故状況の記録)が作成されず、過失割合で揉めた際に立証が難しくなります。
- また、自賠責保険の請求においても、人身事故証明書があることが原則となります。
手続き
警察署の交通課に行き、診断書を提出して「人身事故への切り替えをお願いします」と伝えます。担当警察官のアポイントが必要な場合もあるので、事前に電話連絡を入れるとスムーズです。
弁護士に相談するメリット
「事故直後に弁護士に相談するのは大げさではないか?」と思われるかもしれません。しかし、事故直後だからこそ、弁護士のアドバイスが最大の効果を発揮します。
1. 今後の流れと見通しが明確になり、不安が解消される
事故直後は「治療費はどうなるのか」「仕事は休めるのか」「車はどうすればいいのか」と不安が尽きません。弁護士に相談することで、今後の手続きの全体像や、受け取れる可能性のある賠償項目について具体的な説明を受けることができ、精神的な負担が大幅に軽減されます。
2. 不利な状況を作らないためのアドバイス
保険会社の担当者は交渉のプロです。事故直後の動揺している被害者に対し、「こちらの修理工場を使ってください」「治療費は今月で打ち切りの目安です」など、保険会社側の都合の良い提案をしてくることがあります。また、被害者の何気ない一言(「私も不注意でした」など)が記録され、後の過失割合で不利に使われることもあります。
弁護士は、保険会社への対応方法や、医師への症状の伝え方など、被害者が不利益を被らないための具体的なアドバイスを提供します。
3. 正しい証拠保全のサポート
ドライブレコーダーの映像解析や、現場の状況確認など、時間が経つと失われてしまう証拠の保全を指示します。過失割合で争いになりそうなケースでは、事故直後の証拠収集が勝敗を分けます。
4. 弁護士費用特約の活用
ご自身の保険に「弁護士費用特約」が付帯していれば、相談料や着手金などの弁護士費用は保険会社が負担します(上限300万円が一般的)。実質的な自己負担ゼロで、事故直後から専門家のフルサポートを受けることができます。この特約を使っても、翌年の保険等級には影響しないことがほとんどです。
まとめ
交通事故直後の対応は、時間との勝負であり、かつ正確性が求められます。
改めて、重要な手順を振り返ります。
- 安全確保と救護: まずは命を守り、二次被害を防ぐ。
- 警察へ110番: どんなに軽微でも必ず通報する。
- 証拠保全: 相手の身分証確認、現場や車の写真撮影。
- 保険会社へ連絡: 事故報告と特約の確認。
- 病院受診: 痛みを感じなくても当日か翌日には整形外科へ。
- 人身切り替え: 診断書を警察へ提出し、人身事故として処理してもらう。
この一連の流れを「漏れなく」行うことが、将来適正な賠償金を受け取り、元の生活を取り戻すための土台となります。
もし、事故直後でパニックになっていたり、相手方の対応に不信感を抱いたりした場合は、一人で抱え込まずに弁護士へご相談ください。初期段階で専門家が介入することで、回避できるトラブルやリスクは数多くあります。弁護士法人長瀬総合法律事務所は、事故直後の不安な気持ちに寄り添い、被害者の方が正当な権利を守れるようサポートいたします。
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